チャレンジをする時は引き際を見極めることが重要
僕はとあるチャレンジをした。
これはまさにギャンブルのようなものだったと思う。
当時の僕は、もうギリギリの状態で冷静な判断ができていなかったし、その先が全く見えていなかった。
そして、そのチャレンジが必ず成功するものと思い込んでいた。
最初は3ヶ月だけチャレンジをした。
その代償は会社での信用だった。
僕は昇進というカードを捨てる覚悟で臨んだ。
最初のチャレンジは失敗に終わる。
次第に欲が出初めて更にチャレンジを続けてしまった。
チャレンジというゲームには代償が付き物だ。
最初の3ヶ月の代償は会社での信用だけで足りたが、その先を進んで後から気づいたのは、周囲との繋がりを失い趣味とその仲間を失うという代償だった。
そして、1年が過ぎた。
また挑戦を選んだ。
その時に代償となったのは最愛の彼女と結婚だった。
結果的に全ての挑戦が失敗に終わった。
僕の手に残っていたは自分の身一つだった。
手に入れるのは時間がかかるけど、崩すのは一瞬だった。
僕はチャレンジというギャンブルに手を出して落ちてしまった。
最初の3ヶ月の時点で引くべきだった。
そう、僕は引き際を間違えて致命傷を負ってしまったのだ。
失敗しても人生はやり直せるけれども、多大なコストが掛かることを最初から認識しておかなければダメだ。
東京ベンチャーへの転職を考えたが、年収は360万を提示された。
福利厚生は交通費補助だけで、月の残業は50hが平均だ。
やりたいことがあるならやってみたら良い。
だけど、願望と希望を一緒にしてはいけない。
可能性がある希望と、可能性もない願望では意味が違う。
色々やりたいことはあるけれど、自分の状況を冷静に考えてやらないという決断は非常に大事だ。
僕は失敗したけど、これが誰かの役に立つことを願う。
絶望した気分の時に見つけた以下のブログの言葉で少し救われた。
同じようにこの記事にたどり着いた人がいた時は是非読んでほしい。
「気持ち」って、事実を忠実に映し出す鏡ではないんですよ。